2016年02月14日

本当の知恵って

東慶寺のマンリョウ
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NHK Eテレに「100分で名著」という番組があります。
普段なかなか読むことができない様々なジャンルの名著を25分の番組4回で紹介するもので、宗教や人生哲学、心理学などに関するものもあり、興味深いと思うものは時々見ています。
今月はアドラー心理学がテーマなので、チェックを入れて見ています。

この番組については、要点が完結にまとめられているし、分かりやすく説明されていて、なるほど〜と納得したり感心したりするのだけれど、見た後、いつも内容をすぐに忘れてしまっているのはどうしてでしょうか。
名著と言われる本は、やはりかなり深い内容が詰まっているので、その要点を簡単にまとめて紹介されたところで、本当の意味で自分のものになることはないのでしょう。
当然といえば当然です。
とりあえず、目次を見たということで、興味があれば自分でじっくり読め、ということなのかもしれません。
(それがなかなかできないから、こういう番組を見てしまうのですけど)

そして思うのは、真実を説明した答えのようなものを読んだところで、それは単なる知識でしかなく、自分の中で生きる知恵にはならないということ。
偉い人の話を聞いて感銘を受けてもそれは同じです。
日々の生活で体験しながら、実際に自分の心の中で思い出したり反芻したり考えたり悩んだりしながら、ある時気づくこともあるだろうし、徐々に沁みていくこともあるかもしれない。
熟成期間があってこそ、本当の知恵として定着するのだと思うし、それこそ価値あるものだと思う。

日々の生活の小さな出来事、自分の中に湧きおこる小さな気持ちもまた、名著で語られる真実に近づくカギになる。
そんな風に生きていきたいですね。
posted by 幸 at 12:35 | Comment(0) | 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2016年02月12日

気持ちの代弁者

エリカの花
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高齢者が認知症だと診断されたら、その人の言うことはそのまま鵜呑みにしてはいけないのでしょうか。

私が1年半、傾聴ボランティアとして関わっている高齢者が、数ヶ月前に病院で検査を受け、認知症という診断を受けました。
彼女は息子夫婦(二人とも働いている)と同居ですがコミュニケーションがうまくとれず、常に疎外感を感じながらも、世話になっているという負い目を感じて小さくなって暮らしてきました。
私が訪問してお話を聞くと、どこかでいつもその寂しさや不満、やるせなさみたいな気持ちが感じられました。

認知症の診断を受けてから、彼女の介護度は上がり、介護プランは変更になったようです。
昼間、一人で居る時間がよくないと判断されたようで、週2回、デイサービスに出かけるようになりました。
彼女が語るには、デイサービスは全く楽しくなくて行きたくないのだけれど、行けと言われるので仕方なく行っている。
デイサービスでお風呂に入らなくてはならないのが苦痛なのだけれど、嫌だと言うとわがままだと言われるので、やはり仕方なくお風呂に入っている。
彼女の言い分をどうとらえたらいいのでしょう?
傾聴ボランティアとして、彼女の気持ちを汲んだら・・・私の気持ちは複雑です。

彼女を担当しているケアマネージャーと電話で話をしました。
ケアマネさんとしては、ご本人の気持ちは察してはいるけれど、医者の診断やご家族の話の方に信頼を置いているという印象を受けました。
私はとりあえず、これまで本人から聞いた気持ちを伝えてはみましたが、それがどこまで信頼できるものとして扱われるのか分かりません。
実際にケアマネさんに会ってお話をする約束をしました。
私の正直な気持ちとして、本人の代弁者として、できるだけのことをしたいと思っています。
posted by 幸 at 20:12 | Comment(0) | 傾聴ボランティア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2016年02月11日

自分が試される場面

円覚寺・如意庵の竹林
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この間、「ぴかぴかフォーエヴァー」を書いた時、相手の方との会話をきちんと説明しないで、簡単にまとめてしまっていました。
後になって読み返してみて、これはあまりに事実と違うな、と思って、昨夜、書きなおしました。

実際には、相手の方(難病で寝たきり)から(どんどん病気が進行してるのを感じるんだけど)「どうしたらいいと思う?」と問いかけられて、言葉に窮していたのでした。
どんなに辛く絶望的な気持ちだろう。彼女よりずっと若くて体も元気な私が、一体なにを言えるというのか?
苦し紛れに、私の思うことを正直に述べてみたというのが正直なところです。

一つ間違えば、「何を生意気なことを言ってる!あなたに何が分かる?」と気分を害されても仕方ない場面でした。
ところが、それが思いがけず上手くいった、というか、彼女との会話が進んでいき、彼女は自分の生きようとする力を発見し、私はその生きる力に触れて勇気をもらいました。

ある意味、真剣勝負の場面、その時の自分が試されるような状況って実は私、大好きです。
その緊張感、緊迫感がたまりません。
それこそ、今を生きている、という醍醐味です。
posted by 幸 at 17:14 | Comment(0) | 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする