2015年05月10日

ベースにあるもの

江の島から太平洋をのぞむ
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若い頃から本質的に生きたいと思ってきて、「本当の自分」でありたいと思ってきたにもかかわらず、「非二元」という語を知ったのは割と最近のことです。
「非二元」というのは、、サンスクリット語のアドヴァイタ(2つではないという意味)の訳で、英語ではNon Dualityと表されるそうです。

覚者(悟った人)が語っている真理というのは、表現は違えど全てこのことだと思います。

ところで、「悟り」なんて特別な人だけが得られるもので一般凡人の私にはどう転んでも無理、でもまあできるだけ近づきたいものだ、と私は長く思ってきました。
それが、意外にも身近なものなのね、と思うようになったのもまた最近です。

無空庵のゼロ意識共鳴セッションを受けて、意識をゼロ意識(「在る」。仏教で「空」と呼ばれているところ。誰もが内側に持っている本当の自分の場)に向け続ける経験が導いてくれたところが大きいのですが、私はある時、自分がしていると思ってきたことが全て自分がしていたのではなかった、と深く分かりました。(2014.11.14私は何もしていない)自分だと思ってきた「自分」はいなかったことに気づいたのです。そして、びっくりするほど心が軽くなりました。

昨日、溝口あゆかさんは「悟りについて語ろう会」で、目の前にどんな悲惨な世界があろうと、どんなに苦しんでいる人がいようと、絶対大丈夫だと分かっていること、全て本質から生まれていて本質に還るだけということが分かっていることが、どれ程ありがたいことで、大きな救いであるか、と語っておられました。
すごく共感しました。

言葉で表すのはとても難しい。でも、私のベースは、本質に還る、還る本質を知っている、ということだと思います。。(2014.12.3原点に還る
posted by 幸 at 09:15 | Comment(0) | 非二元 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする