2016年04月02日

気分転換

今日買ってきたいちご
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母の葬儀が終わってやれやれ、と思ったら、今度は父と夫がぎっくり腰になりました。
大変なのは夫よりも父の方。ひどい便秘まで重なってかなり弱っています。
ほんとにまあ、どうしたことでしょう。
今のところ私だけ、どこも悪くなく元気に過ごせているので何とか無事に日々を過ごせています。
必要なことをこなしてはいるけれど、一つ間違えば私もストレス溜めてしまいそうです。
大変!と思い始めると限りなく大変になります。考えないようにして、目の前のことをこなすのみ。

気分転換にと思って、いちごをいっぱい買ってイチゴジャムを作りました。
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明日の朝食の小さな楽しみ。
posted by 幸 at 20:43 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2016年03月21日

母の死

七里ガ浜から江ノ島をのぞむ
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倒れてから一ヶ月、母は昨日の早朝、静かに息を引き取りました。

死亡確認してくれた若い先生が、一ヶ月という時間が死を受け入れるのに必要な時間だったと思うと仰いました。父にとっても母にとっても私たちにとっても、確かにそうだったかもしれないな〜と感慨深くその言葉を受けとめました。

意識が全くないまま少しずつ痩せていき、死に近づいていく様子を見守ってきて、最近では顔が死者の顔つきっぽいと感じていましたが、息を引き取ってからの母は「死体」になったのがよく分かりました。
涙は流れましたが、この絶対的な現実を前にして、ただ静かに受け入れるばかりでした。

母がこのようなことになって、周りの人たちには本当に色々な言葉をかけてもらいました。
「つらいでしょう。悲しいでしょう。」と悲しみを思いやってくれる方。
「体を壊さないように。」と私の体調を気遣ってくれる方。
「最後まで希望を捨てないで」と言ってくれる方。
それぞれの方にそれぞれの優しさや思いやりが感じられるので、有難くその気持ちをいただいています。

この一ヶ月の間に母との間にあった確執は溶け去り、母が亡くなった今、私の心の中には、いつでも母を感じることができる暖かい心の場所ができています。
それは不思議な感覚です。
母は肉体を離れて、私の中に生きているのかもしれません。

母の葬儀は諸々の事情で数日後になりました。
少しの間、私自身の休暇をとりたいと思っています。

posted by 幸 at 20:06 | Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2016年03月14日

母のこと

彼岸桜
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母が倒れて意識不明になり、意識が回復することはないと言われた後、私は母のことを考えて眠れない夜を過ごしました。

私は幼い頃から母が嫌いでした。
母は教師として働いていたので、私の世話は祖母がしてくれていました。
祖母を母親のように慕い、母との間には気持ち的に距離がありました。
祖母と母とはよく喧嘩をしていて、幼い私は心を痛めながら、祖母の側についていたのでした。
母は世間体を気にする人で、私に対して自分の価値観を押し付けてきました。
私はいつも「良い子」でいなくてはならないプレッシャーを感じながら、反発を覚えていました。
きちんと話を聞いてもらえてない、私のことを分かってもらえてない、認めてもらえてない、という不満と寂しさがありました。
大人になって年を重ね、母にそれなりの優しさで対応することができるようになったとはいえ、
母とは感じ方も考え方も価値観も違っていて、それはどうしようもないと思えました。
母とのつきあいはぎこちなく、気を使いながらの関係でした。

突然、母が倒れ、もう母と会話することができないと分かって、ああ、とうとう母と心通わせることができなかったな〜という残念さに打ちひしがれました。
それと同時に、もう母に気を使う必要はないのだ、という開放感も味わっていました。
小さい頃からの母との場面場面を一つずつたどり、また、母がどうしてそのような行動をとったのかに思いを巡らせ、母の人生を思いました。
母は母の重い人生があり、懸命に生きてきたことを再確認しました。
そのうち、母から意識的無意識的に受けてきた重圧感のようなもの(エックハルト・トールの言う「ペインボディ」でしょうか)が抜けていくのを感じました。
母と私との間にあったぎくしゃくしたもの、私の母に対する思い、その長い長いストーリーの全てが私自身の外側にあることが実感できました。
何だかすっかり自由になった感じがして、正直とまどいました。

母は常に外に対して緊張していた人で、それが表情にも現れていたものですが、意識不明になってからの母の顔は穏やかです。
母が抱えていた重荷から解き放たれたのだろうと思います。

先日、私一人で母を見舞い、母と対面した時、母への気持ちがすっかり変わっているのに驚きました。
母に対して素直に感謝と愛を感じている私がいました。母のことが好きになっていました。
とてもリラックスして、母に自分の気持ちを語ることができました。
母との関係はようやくニュートラルで自然な愛に戻りました。
posted by 幸 at 21:02 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2016年03月06日

不思議な時間

鎌倉・高野台の河津桜
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母が倒れてから半月経ちました。
母は意識が全くないまま、少しずつ痩せていきながらも、呼吸をしているし心臓も動いています。

この半月、色んな事がいっぱいあって忙しい日々でした。
娘がロンドンに戻り、今日は皆、少し休息をとっています。

私自身は、母が倒れてもう意識を回復することなくこのまま看取るだけだと分かった時、
母のこと、母と私とのこれまでのことを思う時間がありました。
その後、少しずつ死に近づいていく母の様子を見て、切ない気持ちになることもあります。
けれど、今は大きな悲しみはなく、寧ろ周囲の人たちへの対応が大変だという実感です。

親戚などに連絡すると、高齢の人たちが多いので、皆さん、ショックも大きく、感情的になります。
気持ちは分かるのだけど、つい話が長くなりがちです。
父は社交性がゼロに近い人なので、父に代わって必要最小限の連絡などのやり取りをするだけでもかなり労力と時間を使いました。
父を気遣って行動するのも、それなりに難しいところがあって、消耗しました。
人との関係の中で、自分がどうありたいのか、どうしたいのか、何を望んでいるのか、を考えさせられる場面に多く出くわしました。

周囲の人たちは、心配してくれ、気遣ってくれ、優しい言葉をかけてくれます。
ありがたいな〜と嬉しくなることも多くありました。

母は、特に病気などなかったので、脳死状態になっても内臓が衰えていくのに時間がかかるようです。
娘が「不思議な時間」と表現しましたが、本当に今しばらく、こんな不思議な状態が続くのでしょう。
posted by 幸 at 13:53 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2016年02月23日

満月の夜に

今夜は満月
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父がだいぶ前に、友人や昔の同僚たちもみんな死んでしまった、と寂しげに言っていたことがあります。
今、母という長年連れ添った伴侶を亡くそうとしている父の心を思いやっています。

年を重ねると、大事な人が次々この世を去っていくのを見送ることになります。そのたびに喪失感や寂しさを味わう。自分もまたいずれ一人でこの世を去っていくのだという思いが胸に刻まれていく。時にその思いに打ちのめされながらも、人はどこかで覚悟して生きていくのです。
そうやって生きている人たち(私も含めて)を思う時、だからこそ、この世界は尊いし、今、共にこの世界に生きているもの全てがかけがえのない存在に感じられる気がします。

病院の母の面会から帰って、犬を撫でながらくつろぐ静かな夜。
posted by 幸 at 21:51 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする