2016年03月14日

母のこと

彼岸桜
ひがんざくら.jpg

母が倒れて意識不明になり、意識が回復することはないと言われた後、私は母のことを考えて眠れない夜を過ごしました。

私は幼い頃から母が嫌いでした。
母は教師として働いていたので、私の世話は祖母がしてくれていました。
祖母を母親のように慕い、母との間には気持ち的に距離がありました。
祖母と母とはよく喧嘩をしていて、幼い私は心を痛めながら、祖母の側についていたのでした。
母は世間体を気にする人で、私に対して自分の価値観を押し付けてきました。
私はいつも「良い子」でいなくてはならないプレッシャーを感じながら、反発を覚えていました。
きちんと話を聞いてもらえてない、私のことを分かってもらえてない、認めてもらえてない、という不満と寂しさがありました。
大人になって年を重ね、母にそれなりの優しさで対応することができるようになったとはいえ、
母とは感じ方も考え方も価値観も違っていて、それはどうしようもないと思えました。
母とのつきあいはぎこちなく、気を使いながらの関係でした。

突然、母が倒れ、もう母と会話することができないと分かって、ああ、とうとう母と心通わせることができなかったな〜という残念さに打ちひしがれました。
それと同時に、もう母に気を使う必要はないのだ、という開放感も味わっていました。
小さい頃からの母との場面場面を一つずつたどり、また、母がどうしてそのような行動をとったのかに思いを巡らせ、母の人生を思いました。
母は母の重い人生があり、懸命に生きてきたことを再確認しました。
そのうち、母から意識的無意識的に受けてきた重圧感のようなもの(エックハルト・トールの言う「ペインボディ」でしょうか)が抜けていくのを感じました。
母と私との間にあったぎくしゃくしたもの、私の母に対する思い、その長い長いストーリーの全てが私自身の外側にあることが実感できました。
何だかすっかり自由になった感じがして、正直とまどいました。

母は常に外に対して緊張していた人で、それが表情にも現れていたものですが、意識不明になってからの母の顔は穏やかです。
母が抱えていた重荷から解き放たれたのだろうと思います。

先日、私一人で母を見舞い、母と対面した時、母への気持ちがすっかり変わっているのに驚きました。
母に対して素直に感謝と愛を感じている私がいました。母のことが好きになっていました。
とてもリラックスして、母に自分の気持ちを語ることができました。
母との関係はようやくニュートラルで自然な愛に戻りました。
posted by 幸 at 21:02 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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