2016年02月22日

医者の対応に触れて

しもばしら
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一昨日、生まれて初めて入ったECU(救命救急センター)は、救急車で搬送された人たちが集中治療を受けているところだけあって独特な雰囲気でした。
入る時に体調チェックと消毒、そしてマスク着用が義務付けられています。
面会時間も15分以内と決められています。

母の状態を説明してくれたECUの担当ドクターは、初めてお会いした時、若くて茫洋とした方だなという印象でした。
ドクターの話を聞くために別室に通された時、部屋の中は緊張と不安で張りつめた空気でした。
先生は、母の身に起こったこととその後の状況の説明を、とてもゆっくり、間を置きながら話されました。
一言一言、言葉を選びながら、そして私たちの様子を感じ取りながらお話されているようでした。
はっきり言って、重い内容の話です。
説明の途中、父が、ほんの僅かでも意識を取り戻す見込みがあればと思っているというようなことを喋り始めたのですが、(父の気持ちが痛いほど感じられました)先生はそれに対して、静かに、でもはっきり、それは100パーセントありません、とだけ仰るのでした。
優しい言葉も慰めの言葉もありませんでした。
相手(私たち)の気持ちを感じながらも動じることなく、冷静にゆっくり噛んで含めるような説明にこれは揺るぎない事実だと受けとめざるをえませんでした。
話の途中、ドクターの携帯が鳴りました。ドクターの指示をあおぐ電話が次々入るのだろうと思って聞いていると、切羽詰まった状況なのだろうに、慌てることもなくそのまま静かな口調で優しく指示をされているのでした。

先生は患者の家族に辛い説明や宣告をすることが多いはずで、場合によっては取り乱したり感情的になったりする人たちもいると思われますが、いつもこのニュートラルな態度で対応されているのだろうと思いました。

医者として事実を伝えるのは、時に辛い役割になるはずです。
動揺した相手を前に、自分の感情を入れてしまっては身がもちません。
相手の感情に触れてしまうと収拾がつかなくなるかもしれません。
逆に、慣れから、相手の気持ちに無反応になってしまうこともあるでしょう。
患者側の気持ちを無視した専門家的で事務的な応対に出会ったことが何度もあります。
この先生は、そのどちらでもありませんでした。
超然としたぶれない態度はとても自然で信頼感がもてるものでした。

カウンセラーやセラピストは、医者の役割とは違いますが、それでもこの先生のような態度は必要だと思いました。
posted by 幸 at 20:39 | Comment(0) | 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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