2016年02月23日

満月の夜に

今夜は満月
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父がだいぶ前に、友人や昔の同僚たちもみんな死んでしまった、と寂しげに言っていたことがあります。
今、母という長年連れ添った伴侶を亡くそうとしている父の心を思いやっています。

年を重ねると、大事な人が次々この世を去っていくのを見送ることになります。そのたびに喪失感や寂しさを味わう。自分もまたいずれ一人でこの世を去っていくのだという思いが胸に刻まれていく。時にその思いに打ちのめされながらも、人はどこかで覚悟して生きていくのです。
そうやって生きている人たち(私も含めて)を思う時、だからこそ、この世界は尊いし、今、共にこの世界に生きているもの全てがかけがえのない存在に感じられる気がします。

病院の母の面会から帰って、犬を撫でながらくつろぐ静かな夜。
posted by 幸 at 21:51 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2016年02月22日

医者の対応に触れて

しもばしら
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一昨日、生まれて初めて入ったECU(救命救急センター)は、救急車で搬送された人たちが集中治療を受けているところだけあって独特な雰囲気でした。
入る時に体調チェックと消毒、そしてマスク着用が義務付けられています。
面会時間も15分以内と決められています。

母の状態を説明してくれたECUの担当ドクターは、初めてお会いした時、若くて茫洋とした方だなという印象でした。
ドクターの話を聞くために別室に通された時、部屋の中は緊張と不安で張りつめた空気でした。
先生は、母の身に起こったこととその後の状況の説明を、とてもゆっくり、間を置きながら話されました。
一言一言、言葉を選びながら、そして私たちの様子を感じ取りながらお話されているようでした。
はっきり言って、重い内容の話です。
説明の途中、父が、ほんの僅かでも意識を取り戻す見込みがあればと思っているというようなことを喋り始めたのですが、(父の気持ちが痛いほど感じられました)先生はそれに対して、静かに、でもはっきり、それは100パーセントありません、とだけ仰るのでした。
優しい言葉も慰めの言葉もありませんでした。
相手(私たち)の気持ちを感じながらも動じることなく、冷静にゆっくり噛んで含めるような説明にこれは揺るぎない事実だと受けとめざるをえませんでした。
話の途中、ドクターの携帯が鳴りました。ドクターの指示をあおぐ電話が次々入るのだろうと思って聞いていると、切羽詰まった状況なのだろうに、慌てることもなくそのまま静かな口調で優しく指示をされているのでした。

先生は患者の家族に辛い説明や宣告をすることが多いはずで、場合によっては取り乱したり感情的になったりする人たちもいると思われますが、いつもこのニュートラルな態度で対応されているのだろうと思いました。

医者として事実を伝えるのは、時に辛い役割になるはずです。
動揺した相手を前に、自分の感情を入れてしまっては身がもちません。
相手の感情に触れてしまうと収拾がつかなくなるかもしれません。
逆に、慣れから、相手の気持ちに無反応になってしまうこともあるでしょう。
患者側の気持ちを無視した専門家的で事務的な応対に出会ったことが何度もあります。
この先生は、そのどちらでもありませんでした。
超然としたぶれない態度はとても自然で信頼感がもてるものでした。

カウンセラーやセラピストは、医者の役割とは違いますが、それでもこの先生のような態度は必要だと思いました。
posted by 幸 at 20:39 | Comment(0) | 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2016年02月20日

母危篤

昨日、母が父とランチ中に、お寿司を詰まらせて窒息し、心肺停止状態になりました。
救急車で病院に運ばれ、蘇生術を受けましたが、意識不明のまま。

今日、病院のECU(救急救命センター)で、変わり果てた母と対面しました。
人工呼吸器や点滴などのチューブが繋がれた母は、時折、腕をピクッと動かすだけ。
先生のお話では、心臓が止まっていた時間は25分で、その後、強い痙攣もあったので、脳が損傷を受け、殆ど脳死状態だということです。意識が戻ることは100パーセントないと告げられました。
父も私たちも延命治療を望まないので、自然に死へと向かうのを見守り看取ることになります。

先日、85才の誕生日をお祝いしたばかり。一昨日、電話で話した時も普段と変わりありませんでした。
昨日も父と外食していたのですから、本当に突然の出来事です。
あっけなく、母の人生が終わろうとしています。

小津安二郎の「東京物語」を思い出しました。
妻が明日の朝までもつかどうか、と医師に告げられた笠智衆が「そうか…いけんのか…おしまいかのう」とつぶやいたセリフが思い出されました。

私たちは今この現実に直面しています。
母の妹(叔母)に知らせ、娘に知らせ、父を気遣い、母のことを思い、やるべきことをただこなしています。

今夜は、我が家で父も一緒に夕食を食べました。
これからどうするかを少し話し合いました。
父の昔話も聞きました。

涙は流れますが、心の中は驚くほど静かです。
posted by 幸 at 19:28 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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