2016年01月31日

感じ続けること

丹沢・大山からの眺望
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先日、Eテレ「こころの時代」に養老孟司さんが出てお話をされていました。

私たち人間は感覚で色んなことを感じているのだが、それを瞬時に脳で言語化・概念化して認識している。
言語化されたものは「情報」となる。その「情報」はある瞬間に認識されたものであって、それはずっと変わらないものである。
ところが、実際には私たちは刻々変化しているので、つまり、言葉にして認識した情報というのは、認識した時点ですでに過去のものであって
しかも固定して動かないものだ、というのです。

何やら難しい感じですが、言葉にした時に、すでに「それそのもの」ではない、刻々変化しているものは言葉では表せない、ということでしょう。
それなのに、私たちは、言葉を使って考え、言葉を組み立てて思考している。
何かを考えて認識した時、すでに「そのこと」は過去の情報になってしまっていて、「今ここ」ではない。
とすると、ああだこうだと悩んだり苦しんだりしていることって、ただ過去にしがみついているだけ、ということになりますね。

「自分」というものも、どこかに「本当の自分」というのがあると考えていたり、それを探していたりする。
けれど、それを考えた時、すでに「自分」を離れているのでしょう、きっと。

刻々変化する「今ここ」を生きていくことって感じ続けて止まらないことでしょうね。
というか、瞬時に言葉で認識してしまってるだろうから、そんなものだと思って、軽々と次に進み続けることでしょうか。
とにかく、がっちり自分の考えに捉われて更にそれを積み重ねて強化していく、というのは、全く「今を生きていない」ことだと思いました。

軽々と感じ続けていきましょう。
posted by 幸 at 05:35 | Comment(0) | 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2016年01月30日

自分のワールド、相手のワールド

啓翁桜
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本当に力ある人は、自分のことを周りにあれこれ聞いてもらおうとしない。
言い訳や、自分を正当化しようとするような発言はしたくない。

年齢を重ねて、こんな風に考えるようになってきました。
若い頃は私も自分の話をあれこれ人に話すことが多かったのですが、だんだんそんなことはなくなってきて、
特に傾聴ボランティアをするようになってからは、相手の話を聞くことが自分の基本的態度になってきたように思います。
それはそれで、よいこともあります。
いつも感じることですが、自分のことを話したい人って多いです。
機会あらば聞いてほしい、と待ちかまえているような人によく出会います。
適度に関心を示しながら聞いていると、相手が満足するのが分かるし、それはそれで私も嬉しかったりします。
けれど、それは表面的で一方的な会話であることが殆どで、その会話の中で自分の中に喚起されるものがないことも多く、
逆に正直なところ、うんざりすることも多いのです。
自分のことを延々と語る人に限って、相手である私のことをその人の勝手な判断で決めつけたような発言をしてきます。
やんわり否定しても、その人には全く通じないことが多いです。

皆それぞれに自分のワールドを持っていて、その中で喋ってるな〜とつくづく思います。
勿論わたしも自分のワールドで聞いているし話しているのですけど。
でも、ほんとは、そういう空しい別々のワールドから出て話してみたい、と思っています。
そのためには、自分のワールドも他人のワールドも、ただ「ワールド」であると自覚することが必要です。
そういう理解を持った人とこそ、話がしたい。色々語り合いたい、と思います。
そこでようやく接点が持てる気がするのです。
posted by 幸 at 09:43 | Comment(0) | 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2016年01月29日

不安からでてくるもの

江ノ島から鎌倉方面を見わたす夜景
夜景.jpg

昨日書いたことの関連で。

自分はそのままでいいと許可できてないと、いつも不安がつきまといます。
そして、何にでも問題を見つけ出してしまいます。
ごく平和に普通に暮らしているのに、その状態がもしかしたらよくないのではないか?という疑問がわいてしまう。
停滞していてはいけないのでは?もっと何かしなくてはいけないことがあるのでは?と思ってしまう。
することがいっぱいあって忙しくしていると、これではいけない、もっと休まなくてはいけない、余暇を楽しむことをしなくてはいけないと思ってしまう。
そんな風に、どんな時でも「この状態でいいの?いけないんじゃないの?」と考えてしまう傾向がないでしょうか。

そんな時いつも、他の人は皆こうしているから、世間一般ではこれが常識だから、私が憧れたり尊敬したりする人はこんな風にしているから、などと周囲を見渡して他の人たちと比較して、自分が間違っているかも、という気持ちを強めてしまうことがあります。
信頼している周りの人に「これでいいかしら?」「どうするべきかしら?」とアドバイスを求めてそれに従おうとしたりもします。
誰かから「これでいいよ」「こうするべきだよ」と言ってもらってはじめて安心する自分がいます。
人に受け入れてもらうことや認めてもらうことを求めるのは、そんな不安から出てきているのでしょう。

けれど、それは全部まちがっているし、無駄な努力でしかありません。
従うべきは、自分自身です。
誰も皆、それぞれユニークな個性を生きています。
それは本当に素晴らしいことで、それで全てオッケーなのです。
人生には色んな時があります。日々刻々状況は変わっていきます。
けれど、自分の奥にある生きている力みたいなものは、生まれた時から健やかに純粋に生き続けていて変わることがないのです。
それを信じましょう。
そして、そこに還ることこそ必要なことではないでしょうか。
posted by 幸 at 10:44 | Comment(0) | メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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