2015年08月30日

配偶者は大きな存在

最近、ご主人を亡くした人と話す機会が続いています。
先日会った人とは、数人で食事をする場での会話でした。ご主人を亡くしたばかりだということもあって、その人のさりげない言葉の端々から悲しみが伝わるのを感じつつも、普通のお喋りをしていました。きっとその場の他の人たちも同じように感じていたと思います。
昨日会った人は、昨年ご主人を亡くされたそうですが、少し時間が経っているからなのか、とても明るく元気にお話されていました。懸命に生活を楽しもうとしている様子に、彼女が失ったものの大きさを逆に感じました。

やはり配偶者というのは大きな存在だな〜と改めて思いました。
そして、私にとっても夫は大事な存在だともしみじみ。
ブツブツ不平不満を言ったり口げんかしたりすることも多いけど、感謝することも多い。

ここのところ夫は、私がセッションを始めることについて、とても協力的です。
親身に相談に乗ってくれたり、ブログのリニューアルを手伝ってくれたり、叱咤激励してくれたり。いつも助けられています。
私がやりたいと思うことをとても大事にしてくれている。
あ〜すごく感謝。
posted by 幸 at 17:22 | Comment(0) | 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2015年08月28日

龍穏庵

先日、円覚寺塔頭の一つ「龍穏庵」を訪ねました。
「龍穏庵」は土曜坐禅会が行われる「居士林」裏の石段を上った高台の静かな場所にあります。

これまで何度か立ち寄っては、お茶を出していただき、ゆっくり休憩させてもらっています。
その日もやはり上がらせてもらって、お抹茶とお菓子を頂戴しました。
座敷からの眺め。
龍静庵.jpg
山野草が飾られた床の間
とこのま.jpg

いつも丁寧にお茶を運んで下さり、帰りもまた丁寧に見送って下さるのは、若い哉(さい)和尚様。親しみやすく優しい風貌の方で、さり気なく和ませて下さいます。

うちの実家は浄土真宗で、お寺には法事などで出かける機会はあったけれど、それ以外、お寺といえば、観光で拝観することしかありませんでした。
円覚寺の坐禅会に出かけるようになり、円覚寺とご縁ができてから、お寺(円覚寺)が気持ち的に近い場所になったな〜、とお茶をいただきながら改めて思いました。
こんな風に上がらせてもらってお茶をいただくって不思議な感じでした。

哉和尚の話によると、「龍穏庵」はご住職が再興されたそうです。最初ご住職が入られた時は、雨漏りはするし、床が抜け、笹が生えてくるひどい建物だったそうですが、ご住職が一人で補修を重ね、人が入れるようになったとのこと。宗派を問わず誰もが(ただし仏心のある人)が集える開かれたお寺にしたいと願っておられるそうです。
だから、いつ誰が訪ねてもあたたかくもてなして下さるのですね。
すっと入ってくる優しさ、落ち着き、ここの空気感っていいな〜。仏心に触れた感じかしら。
私はまだご住職にお会いしたことがなく、その日もあいにくお留守だったのですが、いずれお会いしたいです。

すっかりくつろいだひとときを過ごさせてもらって「龍穏庵」を後にしました。
posted by 幸 at 09:58 | Comment(0) | 円覚寺・座禅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2015年08月26日

人参ケーキの変身

あんなに暑い日が続いていたのに、数日前から夏の勢いが衰えてきたようで、確実に秋に向かっているのが感じられます。
今日は涼しい一日でした。

これくらい涼しくなるとオーブンを使う気にもなります。
午後ふと思い立って人参ケーキを焼きました。
今回は友達のアイデアを頂戴して、生地にクルミを刻んで入れたり、焼き上がったケーキにクリームチーズのアイシングをトッピングしたりして、リッチな味わいのケーキになりました。
けーき.jpg
あ〜おいしかった。ごちそうさま。

それにしても、いつも作っているすりおろし人参とシナモンのケーキがベースなのに、今回のケーキは全然違った味に変身しているのにびっくり。
色んな物を足していくと、付け加えたものによって一番最初の土台の味が消えてしまう。メイクアップしたり着飾ったりすることで美しくなるけれど、素顔の素のままの良さが見えなくなってしまうのと同じだな〜、と変なところで感心してしまいました。

どちらもおいしい。どちらもいい。シチュエーションに応じて使い分けかな。
posted by 幸 at 21:18 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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