2015年02月28日

春を感じながら

今朝は天気がよく暖かい日だったので、犬の散歩は少し遠出することにしました。
いつもは、近所をぐるりと回るか、緑地に入っても適度なところで帰るのですが、今日は足の向くまま進みました。
ルーティーンとしての散歩とは違って、見える景色も歩くこと自体も新鮮でした。これこそ散歩の醍醐味です。
意外なところで桜を発見。
河津桜ですけど…
さくら.jpg
少しずつ感じられる春が嬉しい。
posted by 幸 at 20:14 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2015年02月22日

座禅会のよいところ

円覚寺境内の梅
梅.jpg

昨日も円覚寺の座禅会に行ってきました。

冬の座禅は寒いです。
居士林は窓あけっぱなしの土間で冷え冷えしています。
私は貼るカイロを3個つけて万全の準備で臨みました。
そんなにまでして行きたいと思うのは、やっぱり座禅が好きなのだと思います。

座禅のいいところは、何もしないところ、でしょうか。
何もしないで座っていても、頭が活動してしまうこともあります。でも、思考が起こってもつかまず、そのままにして、ただ気づいている意識そのものになる感じを味わうのはすてきです。
家でも座れるけれど、やはりその場に行って座るのとは違います。
それと、座禅会で気に入っているのは、みんな無言であること。
たくさんの人が集まってきていますが、言葉を交わすことは殆どありません。
つまらない気を使わなくていいので、本当に楽です。
それぞれが週1回集って座り、沈黙の中で心を静め、またそれぞれの生活に戻っていく。
生活の中でさりげなく何かが活かされる。それがいいな〜と思っています。

長く通っている人たちの礼儀正しさや立ち居振る舞いを見ていると、集まってくる人たちが皆、居士林の場を大事にしているのが感じられて、そんな雰囲気も好きです。

修行という辛いイメージではなく、よいと思うことを無理をせず続けていきたいと思います。
posted by 幸 at 18:13 | Comment(0) | 円覚寺・座禅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2015年02月18日

吉野弘の眼差し

昨年亡くなった詩人、吉野弘さんが、先日のNHK「クローズアップ現代」で紹介されていたそうです。
今朝、友人から彼の「祝婚歌」の紹介があって知りました。
何気ない日常や光景の中に、人間の弱さや優しさ、他者とかかわって生きることの意味を歌った詩人。よし

彼は、戦前、軍国青年で、国の為に命を捨てる覚悟をしていたのが、終戦でその価値観を根底から覆されました。絶対的な価値観などないと気づき、詩人になる決意をしたそうです。
私の父も全く同じ体験をしていて、その時受けたショックについて語っているのを聞いたことがあります。
(父は詩人にはなりませんでしたが)
その時の思いを綴った文章が書斎から発見されたそうです。

“人間は、その不完全を許容しつつ、愛し合うことです。
不完全であるが故に退け合うのではなく、人間同士が助け合うのです。
他人の行為を軽々しく批判せぬことです。
自分の好悪の感情で、人を批判せぬことです。
善悪のいずれか一方に、その人を押し込めないことです。”

その気持ちを持ち続け、人間に優しい眼差しを向け続けた生涯だったのだと思います。
とても共感します。

 「生命は」

生命は
自分自身だけでは完結できないように
つくられているらしい
花も
めしべとおしべが揃っているだけでは
不充分で
虫や風が訪れて
めしべとおしべを仲立ちする

生命は
その中に欠如を抱き
それを他者から満たしてもらうのだ

世界は多分
他者の総和
しかし
互いに
欠如を満たすなどとは
知りもせず
知らされもせず
ばらまかれている者同士
無関心でいられる間柄
ときに
うとましく思うことさえも許されている間柄
そのように
世界がゆるやかに構成されているのは
なぜ?

花が咲いている
すぐ近くまで
虻あぶの姿をした他者が
光をまとって飛んできている

私も  あるとき
誰かのための虻あぶだったろう

あなたも  あるとき
私のための風だったかもしれない
posted by 幸 at 19:14 | Comment(4) | いいね | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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