2014年10月29日

スピリチュアルケア

今朝の暁天
暁天.jpg

今朝5時半頃、うす暗いリビングから外を見ると、僅かに光の覗く東の空に山の稜線がくっきり映えて見事でした。部屋の電気をつけないまま、明けていく空の様子を眺めていました。

『グリーフケア入門』(上智大学グリーフケア研究所)という本を読んでいます。

人が人生の中で、自らや家族の死、失業、離婚など、人生の試練に直面して、自らの生きる意味や存在価値が見出せなくなっているような状態(スピリチュアル・クライシス)の時、それを乗り越えていく内面的なサポートをするのが「スピリチュアルケア」。グリーフ(悲嘆)ケアの基盤とされているものです。

これまで生きる力の源となっていた基盤のようなものが壊れて、新しく生きていく力を得るまでの、拠り所的なものがなくなった状態の時、人は最も不安定でありながらも、実は最も本質的に在れることができるようです。

世界をどうとらえるべきか、どのように価値判断すべきかについて規定されていない状態、いわば素の自分で、あるがままの現実と向かい合う中で、一瞬一瞬を生きていく在り方。
誰もに備わっている、自由に創造的に生きる生命力を発揮した生き方。

一番苦しい時が実は一番、生命力を発揮できる機会でもあるというのはすごいと思います。

そうはいっても、悲嘆と共にある時は、なかなか自分ではそんな風に考えることなんてできません。
悲嘆にくれている自分を受け止めて支えてくれる人の存在は大きいと思う。

スピリチュアルケアを提供する人は、どんな在り方で臨めばよいのか、がこの本には書かれています。
傾聴者として、とても興味深い内容です。
posted by 幸 at 20:10 | Comment(0) | 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2014年10月26日

あるがままの集い

性格、感性、考え方、住んでいる世界、これまでの人生経験…
みんなそれぞれ違う人たちが出会っている。
思うことをそのまま語っている。
そんな場に加わらせてもらいました。私も気を使わず、感じたことを話しました。
無空庵で共鳴セッションを受けた経験のある人ばかり集まって話す「あるがままの集い」。
気づいたことが色々あって面白かったです。

基本的には、それぞれ違うということを分かっていること、その違いを認めて尊重すること、自分の考え方を押し付けないこと(アドバイスしないこと)が大事だと思いました。
傾聴マスターコースのエンカウンターグループも同じ。
みんなの中にいて、自分の中で何を感じて何に気付くのか、何が起こるのか、が予測不能なところがいいと思います。
posted by 幸 at 17:18 | Comment(2) | 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2014年10月23日

義母の悪口癖

意外なところで見つけた秋の花のアレンジ
秋の花.jpg

しつこい咳はまだ続いています。
今週、再度内科を受診しました。
マイコプラズマ肺炎とか、人にうつす類の咳ではなく、咳ぜんそくだと言われました。
ほっとしながらも、私としては納得がいかず、単に咳が長引いているだけという気がしています。
体のだるさはなくなってきたので、もう少しの我慢かな、とも思ってます。

ということで、昨日は一応マスクをして義母の家を訪ねてきました。

義母の話には必ず「人の悪口」がでてくるので、家族は皆それを嫌っています。周りの人たちともトラブルを起こしがちです。
他人の悪口だと、適当に聞き流しやすいのですが、身内の悪口も多くて、それにはこれまで何度も気分を害したり閉口したりしてきています。
勿論、私の悪口も人に言っているのは明らかで、気に入らないことがあるなら、どうして直接言ってくれないのかしら?と思ったこともしばしば。

昨日も案の定、いつも来てくれているヘルパーさんの悪口が出てきました。
のらりくらり受け流していると、今度は先日、義姉が持ってきた唐揚げがまずかったという話。
義母は唐揚げが好きなので、実は昨日、私も唐揚げを持参して、それを食べた義母がおいしいと喜んでくれた時に、言わなくてもいいのに義姉の持ってきた唐揚げの話をしたのでした。それが本当にまずかったのかどうかは謎です。もしかすると、逆のことを義姉に言うかもしれません。

義母は、誰かをけなしたり悪口を言ったりすることで、その場にいる相手に愛想をふりまいたり、相手をたたえたりしているつもりみたいです。
相手を持ち上げるだけではありません。誰かを悪く言うことで、それに比べて自分は上だ、と思いたいのかもしれません。
とても変わった精神構造で、殆ど無意識に自動的に悪口が出てくるように思えます。

普通に考えたらどうしようもない義母ですが、はっきりものを言いお話がはずむ人でもあり、私は一緒にいてそれ程疲れないし、寧ろくつろいだ気分で楽しんでいたりします。

それもまた不思議なことかもしれないな〜と帰りのバスの中でぼんやり考えていました。そして、義母に対して好意を持ち続けられることを嬉しく思いました。
人と人というのは、普通の常識や頭で考えた理屈だけでは説明できないもののようです。
posted by 幸 at 17:57 | Comment(2) | 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする