2014年04月30日

急かず焦らず

松の花
松の花.jpg

迷ったり悩んだりしている時、性急に答や解決策を探しまわることがよくあります。
悩んでいる状態に耐えられないからです。
本を読んでみたり、ネットサーフィンして情報を得たり、自分が信頼している人に意見を求めたり。

私も自分が苦しい状態の時、他の人のブログや本に書かれた文章に元気づけられていたことがありました。
毎日、自分を元気づけようと、共感できる文章を探し回っていたことさえあります。

でも、その時「ほんとにそうね!」と納得して一時的に元気になっても、それが本当に自分のものになっていたか?というとあまり期待できないな、というのが実感です。すぐ忘れてしまったり、別の考え方に魅せられたりしてしまいます。

ただ、知識として取り入れられたことは一応頭の隅に残っているはずです。
日々の生活を生きる中で、その知識がある時ふと「あ、そうか」と腑に落ちる時がくるかもしれない。
別の知識と融合されて、自分なりの理解に繋がるかもしれません。

だから、知識を得たり学んだりすること自体はよいのだろうけれど、それは単に知識であって、自分自身の知恵には至ってない、ということに気づいている、そして覚えておく必要があると思います。
私たちは他人の考えや主張に共感すると(その他人が自分で尊敬できたり信頼できると思っていると)、結構たやすく、それを自分のものとして取り込んでしまいがちです。どれ程立派な考え方でも、借り物に一体化してしまうのは危険です。

そして何より、あまりせっかちに答えや解決策を求めすぎないのが大事かも。
世の中、分からないことばかりです。そんなに早く分かってしまうことなんてありません。
分からなくても、分からないことに悩むことなく、分からないまま生活していくこと。
少し離れていること。
そしてとどまりながらも全方向に開いているクリアな意識。
悠長なようでいて、それが一番の解決策かな、と最近は思っています。
posted by 幸 at 15:06 | Comment(2) | 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2014年04月29日

昭和なラーメン屋

今日は昭和の日。
だから、ということもないのですが、藤沢に行ったついでに、昭和を感じるラーメン屋に立ち寄ってきました。

藤沢駅のすぐ近くに、見逃してしまいそうな細い路地。
昔から変わらない風情の喫茶店などが並ぶ通りに、これまた昔ながらの札幌ラーメンのお店「こぐま」があります。
こぐま.jpg

寡黙なオヤジさんが作り続けるこの店のラーメンは、素朴で懐かしい味です。
味噌ラーメン一杯500円なり。
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この店に初めて入った時、オヤジさんがラーメンを作り、奥さんと思われるやや高齢の女性がトッピングを乗せていて、その流れ作業が何ともほのぼのして印象的でした。

今日は奥さんはいなくて、別の人がヘルプしていましたが、コの字型のカウンターに腰かけて、厨房や店内を眺めながらラーメンを待っていると、のんびりくつろいだ気分になるから不思議です。

モダンな店内、「いらっしゃいませ!」と若いお兄さんの威勢のよい掛け声、刺激的な現代風ラーメンもいいけど、こういうお店も好きだな〜
posted by 幸 at 17:22 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2014年04月28日

犬をめぐって

我が家の犬CoCo
ココ.jpg

動物の意識を感じ取ることができる人と話をする機会がありました。
彼女は、もともと霊的な体質で、私たちには見えないものも見ることができる人でした。

目の前の男性に(彼が猫を飼っていると話してもいないのに)彼の猫が肩に乗っていて、フードに飽きているので変えてほしいそうだと言ったのには驚きました。
言われた彼の方には思い当ることがあり、納得できた話のようでした。

うちの犬のことも見えるかな〜?見えたら聞いてみたいな〜と思いましたが、どうも見えないようでした。

彼女が言うには、ペットは動物として自然にハッピーに生きているのだけれど、飼い主の方があれこれ勘ぐったり心配したりしているケースも多いそうです。

私は以前から、うちの犬のように室内犬のペットとして飼われている犬(もしくは猫)が、一体どんなことを感じ考え、どんなことを願っているのか、に思いをめぐらせることがよくありました。
それは、犬と暮らし始めて、家族として犬と関わって初めて出てきた疑問でした。
子供が幸せであってほしいと願うのと同じような気持で、犬も幸せであってほしいと願う心があります。
犬の世話をする時、また現在の我が家のように、犬が病気になった時、私たちができるベストを尽くしてあげたいと思う気持ちです。

うちの場合、現在、犬はお水はよく飲むものの元気そのもの。病気だという自覚があるのかないのか?たぶん、ただハッピーに暮らしているのではないかと想像しています。
病院での血液検査で、ひどく病気だと分かった時点で、飼い主としては、何とか治療をして健康体にもどしてあげたい、と試みている状態です。

毎日インスリンを打ち、たくさんの薬を飲ませ、セカンドオピニオンの先生の治療法も取り入れ、懸命に犬の治療に励んでいる日々。毎日している様々のことが、犬にはそれ程苦痛と感じられていないと信じて続けているのですが。
時々、一体わたしたちは何をしているのだろう?と思うことがあります。

ガンになった犬が苦しい抗がん剤治療をした末に亡くなった話などを聞いて、もしうちの犬だったら、と考えた時、犬に苦しい思いをさせてまで、延命をはかるのは止めたい、と思います。
でも、少しでも長く生きてほしいと願う飼い主の気持ちも充分分かります。抗がん剤治療を受けさせるのが、ただ飼い主側の勝手なエゴとは言いきれないものがあります。充分な医療を受けさせることが犬にできる飼い主としてのせいいっぱいの愛情だとも思えるからです。

今しばらく私たちは、私たちの選んでいるやり方で進んでみようと思っています。
今後どのような展開があるか、それはまたその時、ということで。

犬をめぐって日々のひとつひとつの出来事が、私たちにとって密度の濃い実感を伴っていることだけは確かです。
posted by 幸 at 10:40 | Comment(0) | 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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