2013年12月31日

年末の気づき

夫の発熱、入院、そして退院と、非日常な数週間を過ごして…

自分の中で、日々、色んな感情や思考がわき起こっていました。

感情や思考は、周りの人たちとの関わりの中で、触発されて出てくるものもいっぱいありました。

例えば、みんなが私のことを心配してくれて、大変ね、疲れないようにね、と言ってくれると、ほんとにそうだ、私ってすごく大変なんだ、とその部分に意識が向けられるからか、大変な感覚が大きくなりました。
私のことをかわいそうだ、と電話口で泣いてくれると、私ってかわいそうなんだ、とその気分に浸りそうになってしまいました。

そんなこんなで、大変な自分のストーリーを膨らませて、さらに大変にしていたようです。

無空さんのセッション中、大変な状況についていっぱいお話してしまった時、ふと自分で自分を大変にしているパターンに気づきました。
その気づきは、もっと深いところの意識から起こっていて、その意識に戻ることができました。

柔らかく穏やかに流れていくもの。繊細で豊かな「在る」の感覚。
あるがまま。そのまま。

深いところの意識が、繋がっていることに感謝しています。

今年もあと残すところ数時間。お正月を迎える準備も整いました。
皆様、良いお年をお迎えください。
posted by 幸 at 16:57 | Comment(0) | 気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2013年12月29日

夫の退院

夫が今日退院してきました。

入院して2日目、高熱でフラフラしながらトイレに立って転倒して骨折。
抗生剤の点滴をずっと続けてきたのに、なかなか熱が下がらず、それどころか、またもや悪寒戦慄に襲われて高熱を出す。
肝臓の膿瘍も入院当初より大きくなって、白血球の数値も上がっていると告げられ、リスクをおかしても膿瘍穿刺(ドレナージ)で膿を出す必要に迫られる。
入院当初は、夫に付き添ってそれでも「在る」を意識できていたけれど、そして、毎日やるべきことをこなしているのだけれど、だんだん「在る」なのか、ただ心が凍りついて固まっているだけなのか、分からなくなることもありました。

色んな人に助けられました。
近所に住む両親の家で毎晩、夕食をご馳走になりました。
友達は気づかいのメールや電話をしてくれたり、私が抱えていたPCの作業を代わってくれました。
共鳴つながりの蓮さんは遠隔ヒーリングをしてくれました。
また、やはり共鳴つながりのmananaさんの遠隔一斉ヒーリングシャワーを夫も私も毎日受けさせてもらいました。

その後、事態は劇的に展開します。
いよいよ膿瘍穿刺になって、エコー(超音波画像)をとると、なんと膿瘍が消えていたのです。
膿瘍が膨らんで、自ら破れてしまい、膿は自然に吸収されつつあるようだ、と先生も驚きながら説明してくれました。
熱も次第に下がり、白血球の数値も正常になったので、点滴から投薬治療に移行することになり、あきらめかけていた年内退院が叶いました。
本当にありがたいことです。

ロンドンから昨日、娘が帰国しました。
家は急に賑やかになりました。
滞っていたお正月の準備で私は引き続き忙しいのですが、気持ちが全然違います。

今朝の一句:退院の夫を待つ朝しめ飾り
posted by 幸 at 18:37 | Comment(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2013年12月20日

夫の入院騒ぎの中で

月曜日の朝、救急車で搬送された夫はそのまま入院しました。
先週から何度か悪寒戦慄にみまわれ、高熱が続いていた為、意を決して救急車を呼んだのです。
肝膿瘍といって肝臓に膿がたまって炎症を起こしていた為の高熱だと分かり、今は抗生剤の点滴を受けています。
しかも入院して2日目、病院内で転倒して骨折までしてしまいました。

夫も痛くて辛いと思いますが、側にいる私もとても辛いです。

先週からのドタバタの中で、私の状態は「気が張っている」という感じでしょうか?
疲れているし、ともすれば心配や悲しみや恐れや、様々な感情、思考にとらわれそうになるのを感じながらも、ただ目の前のことをこなしています。

こういう特別な時って、自分の中心に静かで何もない場所があることを自覚しやすい、というか、自然にそこから動いてしまうのかもしれません。

周りの人たちには色々心配してもらったり、助けてもらったりしています。
こういう時には人の優しさがことのほか身に沁みます。

阿部敏郎さんのブログに「日常で取り組んでいること」として、こんな一節がありました。

『いまここ』

それは自分の存在の本質の別称です。

本当の自分のことを『いまここ』と言います。


移り変わっていく現象に侵されていない、心の最奥の部分。

『空』(くう)と呼ばれている次元こそが、本当の自分であり、『いまここ』なのです。

それはいまも、そしていつも、心の奥にあります。


我々は移りゆく現象に巻き込まれてしまって、この部分をすっかり忘れてしまいます。

本当は『いまここ』で、すでにすべてが満たされているというのに、不十分に見える現象をよりよくしようとあがくのです。


もっとも大切な生き方は、どんな時でもいいから、思い出したらこの空(くう)の次元に、意識を連れ戻すことです。

何度でも何度でも、一日のうちに何百回もそのことをするのです。

この絶え間ない繰り返しが、やがて空(くう)を維持していくことを可能にします。


この一節が心にスッと入ってきました。
私もこのような自分でありたいと思います。
posted by 幸 at 21:32 | Comment(4) | 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする