2013年10月31日

自己理解

自己理解。
若い頃から、ずっと、本当の自分を知りたいと思い、探し続けてきました。
でもどれもぴったりしっくりこなかった。
恋愛、仕事、生きがい、趣味…
精神世界の本やセラピー…
スピリチュアルカウンセリング、普通のカウンセリング、キャリアカウンセリング…
どこへ行ってもどこを探しても、少しはいいと思うんだけど、全部自分を投入できなかった。
私の心に響く瞬間には出会っても、それが続くことはなかった。
自分の心に嘘をついたり無理をしたりして、自分をある場所に投入したりとどまらせたりすることができなかったのは、自分では「弱い」とか「根性無し」とか「すべてに懐疑的」「さめてる」とか思ってたけど、それはそれでよかったのかもしれない。
とにかくこれまでの人生、何をしていても誰と居ても不全感があって、本当に幸せだと感じることはなかった気がします。

でも、無空さんのセッションを受けて、ようやく落ち着くところが分かりました。
それは意外にもずっと前から、生まれた時から持っていたものでした。
いつも私から離れたことのないもの、それなのに、外をいっぱい探し回っていた私でした。

それにしても、50年以上この世で生きていくうちに、身につけてきた様々な知識や常識、思い癖、自分についての誤った見方は根強い。つくづく感じています。

先日、無空さんに出したメールとその返信です。(青字は無空さんからの返信)

セッション時には色々お話を聞いていただき、感極まってしまいました。
やっと自分が統合された、というか、本当の自分とは何か、幸せとは何かが
分かってとても嬉しかったです。

ところが、またもや揺さぶられて、途方にくれたり疲れ果てたりしています。
ほんとに、一筋縄ではいかないものです。

そうですね。
自己理解のさらなる深まり、さらなる成熟が必要です。


それでも、戻るところははっきりしているので、この嵐も過ぎ去るのを見守りたいと思います。

戻るところがはっきりしているのが、とても大きいですね。
気づいたら戻るを繰り返し、自己理解をさらに深めていきましょう。


戻るところは「存在」「愛」「純粋意識」「空」「無」…そういう様々に表現されている、それそのもの。

こう書くと、世間の人は怪しく思うかもしれませんが、そういう「怪しさ」を一番毛嫌いしてきた私ですので、それは何とも…
posted by 幸 at 10:43 | Comment(0) | 気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2013年10月30日

心のホームレス

昨日、傾聴ボランティア養成講座で聞いて印象に残ったこと。
現代社会では、家がないというホームレスではなく、心のよりどころがないホームレスが多いそうです。
地域、職場、学校、そして家庭の中でさえ、人と人との絆が希薄化している。
自殺者は年間3万人を超えている。
そして、驚いたことに、一人暮らしの人より、家族と同居している人の自殺が多いというのです。

家庭で感じるくつろぎや安らぎ、ぬくもりって精神衛生上とても大事だと思いますが、家庭の中で孤独を感じている人も多いのです。
人に囲まれていながら感じる孤独というのは、ひとりでいる時の孤独より堪える。分かる気がします。

本当は皆、人との繋がりを求めているのに、心を開いて関わることができないのはさびしいことです。
安心して心を開くことができる環境、場所はどこなのでしょうか。
今居る場所で、日常生活で会う人と、もう少しだけ優しい気持ちで関わりたい、と思いました。
posted by 幸 at 21:12 | Comment(0) | 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2013年10月29日

時間の持つ意味

「時がすべての傷を癒す」とよく言われます。問題やつらい出来事から立ち直るためにたいていの人は「時の経過」にまかせるという方法をとることが多いようです。

問題を克服して先に進むためには、その問題について考えるのをやめればよい。その問題についての否定的思考を作りだしているのは自分自身なのだから、その思考を「捨てる」ことですぐにでもよい気分になり、精神的健康を回復できる。立ち直るために時間枠を設定する必要はない。
「楽天主義セラピー」の著者リチャード・カールソンはそう言いきっています。

それは確かにそうで、この考え方はかなり有効に作用すると思います。誰だって苦しい状況からはすぐにでも脱出したいのです。

けれど、人はある状況を克服したり、そこから立ち直るために、あれこれ自分で闘ったり、頑張ったり、抵抗したり、思い悩んだり、とありとあらゆることをして、その挙句にようやくそこから抜け出ることができる、それには時間がかかる、というのもまた事実なのかもしれません。

ただ、その悪戦苦闘もまた、いずれ大いなる存在(リチャード・カールソンの言う「自然本来の働き」)に還っていく過程。そのことで人の痛みが分かったり、人間として深みが増したり、マインドが成熟するとも言えます。試行錯誤の中で、真実に気づいていくこともあります。

人は皆、自分で思っている自分の姿(自我)ではなく、深いところの高次の自己、真我が内在していることを知っていればいい。全てはそのままあるがままで自然に動いていく、それでよいのだと思います。
真我に還っていく過程で、時間についての見方もまた変化していくかもしれません。
posted by 幸 at 06:43 | Comment(3) | 気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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