2013年08月31日

今の私が陥っていること

生きていく指針が欲しい。
自分はどうすべきなのか、何を選択するべきなのか、を真剣に考えてしまいます。

色々な情報を探し求めて、これだ!と思うものに出会うと一時安心して元気になります。
よりどころができた、という感じ。荒海の中で、小さな木切れを見つけてしがみついたようなものかもしれません。
でも、しばらくすると、これでいいのか?とか、次はどうする?とかあれこれ考え始めてしまう。

自分の頭で自分の状態やしていることを全てきちんと把握していたい。
理路整然と説明がついたら納得できるから、理解しようとやっきになるけれど、できない時は不安になってしまう。
荒海の中でも羅針盤や地図が欲しいのです。

すっきりしたい、と自分では思っているのです。
学生の頃、勉強していて、理解できたという喜びを重ねていく経験を積んでいるからかなのでしょうか、分からないままにしておくことに抵抗があります。

自分が全て分かりたい、自分が全てコントロールしたい、という欲求が強いのですね。
できると思っているところがあるのですね。そして、せっかちです。

どんなこともただ起こるまま、そのままにしておく。分からない時も、分からないまま、とどまっている。ただ在ってくつろぐこと。私はそれが苦手だな〜とつくづく思いました。

そして、自分はだめだと落ち込んでしまう、真面目な私のいつもの癖。全くの一人相撲です。

それもこれも、みんなそのまま「存在」の中の現象、だから全部そのままでいい。分かってるはずなんだけどな〜
毎日「存在」を思い出す努力をしています。
posted by 幸 at 16:51 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2013年08月30日

句会に参加して

近所で行われている俳句の句会に時々参加させてもらっています。
今日も出かけてきました。

参加者の中に、2年前ご主人を亡くされた老婦人がいました。
子供や孫たちは東京在住。ご夫婦で住んでいた大きな一軒家で今は一人暮らし。
おっとり優雅な雰囲気の方でした。
その方の句:
身をこがすほどの夕焼け永訣す

ご主人が亡くなる前日見た夕焼けを詠んだ句だそうです。2年経った今、ようやくできた句です、と言葉少なに語っておられました。
気持ちの整理がつくまでに2年の歳月がかかったということ。その喪失感の大きさ、深さと、彼女の過ごしてきた2年間という時間を思い、句ができたことを共に喜びました。
彼女の句には、一人生きている孤独、寂しさ、そして生きていこうとする健気さなどが溢れています。
ああ、この人はこの人の人生を懸命に生きているんだな〜と思いながら、俳句の話とよもやま話をしてお茶を飲み、帰ってきました。
posted by 幸 at 14:57 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2013年08月29日

今日は

本当の自分というのは、時間を超えたところにあり、変わらない真実です。

悩み、苦しみ、悲しみは、時間の中、マインドの中、個人の中にある一時的なもの、真実の視点から言えば幻想なので、真実の意識と共鳴することにより、それは正され、ただ消えていきます。

それは、癒そうという意図もなく、ただ自分自身であること、本当の自分であることによる意識の共鳴の中で、自然に起こります。

それは、個人を超え、すべてが一つになっているところに在ることにより、自然に起きる癒しであり、バランス作用、一つであるものが本来の自然な姿(愛、調和、健康、幸せ、平和等)を取り戻す働きであり、動きです。
(2010年4月19日 無空さんのブログより抜粋)

ただ「在る」ことで自然に起こってくる動きに任せること。

自分の苦しみも、他人の苦しみも、幻想は消えていくのです。

今日は自分の内側の動きを不思議に感じながら、ただそのままで在りました。
posted by 幸 at 17:36 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする